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01 · 企業文化

なぜゼロからやり直すことにしたのか

慣行になったというだけの理由で、企業がそれを再現する理由はありません。

不合理な慣行の多くは、良いアイデアとして始まりました。

企業は、ある日誰かが官僚的になろうと決めたから官僚的になるのではありません。たいていは、もっともな理由からそうなっていきます。

リスクを減らすために承認を一つ増やす。情報をよりよく共有するために会議を一つ増やす。状況を把握するために指標を一つ加える。複数の人を調整するために責任者を置く。見通しを示すために詳細な計画を作る。同じ失敗を繰り返さないために手順書を整える。

一つひとつを見れば、どの選択も合理的に見えます。まさにそこに、この問題の興味深さがあります。

合理的な決定、不条理な仕組み

組織は、局所的には合理的な決定を何年も積み重ねた末に、全体としては不条理な仕組みを作り上げてしまうことがあります。なぜその規則があるのか、もう誰にも分かりません。仕事を楽にするために作られたプロセスが、仕事を遅らせ始めます。見通しを与えるはずのツールが、対象の仕事そのものより多くの入力時間を要求します。単純なはずの決定が、誰もが正当に自分を守ろうとするために、いくつもの承認の階層を通っていきます。

最終的に、誰かが仕事を怠ったとは限りません。それでも、仕組みはうまく機能していないのです。

大きな組織で数年を過ごした人なら、こうした状況のいくつかに見覚えがあるはずです。これから社会に出る人は、いずれ出会うのかもしれません。私たちは、それを避けられないものと考えずに済むようにしたいのです。

私たちが出発点にする問い

だからこそ、私たちはとても単純な問いからやり直すことにしました。

私たちが本当に解決しようとしている問題は何か。

流行している手法は何か、ではありません。同業他社はどうしているか、でもありません。どのツールを買うか、でもありません。

私たちはまず問題を理解しようとします。その上で初めて、それに最もよく応えると思われる仕組みを選びます。

この区別は当たり前に見えます。しかし企業が成長するにつれ、当たり前ではなくなっていきます。時間とともに、仕組みは容易に習慣となり、習慣は規則となり、規則はそれを正当化していた問題より長生きしてしまうのです。

私たちは、この変化をできる限り避けたいと考えています。それは、いかなる慣行も聖域にしないということです。働き方も、意思決定の方法も、マネジメントの仕組みも、そして今あなたが読んでいるこの文章でさえ、機能していないと事実が示したときには、問い直せるものでなければなりません。

ゼロからやり直すことは、構造をなくすことではない

規則のない会社も、誰もが好きに振る舞う完全にフラットな組織も、私たちは目指していません。そうしたモデルは多くの場合、権力をなくすのではなく、見えない場所に移すだけです。誰が決めるのか公式には分からないとき、決定は消えるのではありません。ただ、理解することも異議を唱えることも難しくなるだけです。

私たちはその逆を行きます。見える責任、書かれた規則、責任の所在が明らかな決定、そして誰もが問い直せる仕組みです。

素朴さのない信頼

ここで中心的な役割を果たすのが信頼です。

多くの組織では、信頼の不足が少しずつ管理で埋め合わされていきます。監視を強め、報告を増やし、承認を重ね、裁量を狭めることで行動を予測可能にしようとします。

短期的にはうまくいくこともあります。しかし、決める余地を少しずつ奪えば、責任の一部も一緒に奪うことになります。

私たちは逆の方向を試したいのです。一人ひとりが本当に成果を引き受けられるだけの自由を与えること。その自由が不透明さに変わらないよう、約束を十分に見えるようにすること。誰を罰するかを先に探さなくても、誤りを認めて正せる仕組みを作ることです。

私たちが求める信頼は、盲目的なものでも素朴なものでもありません。それは五つの単純な規則の上に成り立ちます。重要なことは見える。約束したことは引き受ける。決定したことは後から辿れる。機能していないことは知らせられる。そして規則は、会社を率いる人々にも等しく適用される。

これが、この後に続くすべての出発点です。